本学位プログラムは様々な特徴を有していますが、最も特徴的な点は“Γ(ガンマ)型人材”の養成という考え方です。以下では、本学位プログラムの大きな柱である“Γ(ガンマ)型人材”の養成の意義を説明します。
単独の深い専門性しか持たない人材は、アルファベットの形になぞらえて“I(アイ)型人材”と呼ぶのに対し、専門性に加えて横にひろがる広い視野を持つ人材は、“T(ティ)型人材”と表現されます。
しかし、21 世紀を支える生命健康科学は、急速にその方法論が拡大しつつあります。ポストゲノム時代の生命科学の進歩は、膨大なゲノム情報、それから得られた更に膨大なプロテオミクスやRNAワールド情報を活用した情報戦略の時代に入っています。私たちの「生命健康」を支える予防や医療も、個性に対応したオーダーメード化が進んでおり、情報に基づく適切な薬剤、診断方法、医療材料が求められています。これまで材料や合成にのみ目を向けてきた生命工学、材料工学も積極的に上記情報を活用し、「生命健康」のニーズに応えられる薬剤、診断方法、医療材料開発のための研究を推進していく必要があります。
そのためには、これらの研究に必要な複合的な知識や技術を身につけ、得られた成果をグローバルに展開できるリーダー人材を養成する必要があります。スパコンを駆使した高速シミュレーション、大量情報から価値を発見するデータ駆動型の生命研究など、生命科学の専門性に加えて、情報科学を道具として使いこなす能力が著しく求められるようになっています。わが国においては、生命科学と情報科学の両者の専門教育を受けた人材の数はきわめて限られており、複合的人材養成は急務と考えます。
一方で、”Π(パイ)型人材”という表現があります。広い視野とともに2つの専門性を有する人材を指します。この“Π (パイ)型”が理想であることには疑いありませんが、若い博士課程学生に初めから“Π (パイ)型”を目指すように指導することには、多くの現実的な難点があります。生命科学(あるいは情報科学)の博士教育を行うのに、5年間という年限は十分に長いものとは言えず、この期限内で二つの専門分野を真に学ぶことは現実には著しく困難です。
オールラウンド型のリーダーも必要ですが、生命健康の分野で東工大から送り出す人材には、十分に深い専門知識の修得、博士と して産業界や学界等で安定したキャリアパスを築ける経験の確保がまず必須と、私たちは考えました。その上で、生命科学で必要となる情報科学の知識を真の専門家が効率的かつ実務的に教育することにより、深い主専門と、それに関連する副専門の知識・経験を有する“Γ(ガンマ)型人材”を育てることができます。社会で活躍する“Γ(ガンマ)型人材”は、やがて継続的な努力と経験により、真の意味での“Π (パイ)型人材”に進化していくことが期待されます。
この理想を実現するためには、生命科学と情報科学の両分野の中間領域の専門家が小さなグループを作って教育を行うのではな く、生命科学の大きなグループ(大学院生命理工学研究科の全5専攻)が行う大規模教育の現場で、情報科学の専門家が有機的に講義や演習を提供することが重要と考えました。
複合領域における人材養成の成果は、本来は長期継続的な調査に基づく事後評価を経なければ、正確な効果の測定は難しいものです。しかし、本プログラムの意義を示す、端的な指標の例としては、「それまでとは異なる企業群または海外研究所などへの就職人数の増加」あるいは「修了者が就職後比較的短期的に出した画期的な成果」などが考えられます。また、本人材養成の効果を間接的に支持する指標としては、「博士学生が発表した論文数の増加」や、「従来とは違う学際的な研究を達成した例」などを挙げることができると思われます。
私たちは2学院・3系・5コースを通じて、毎年約20名の博士後期課程修了者を本学位プログラムとして輩出することを目標としており、支援終了となる開始後7年目までに少なくとも2学年の学生が本学位プログラムの課程を修了する予定です。まずこの約40名がどのような分野にキャリアパスを得て、どのような学術的な成果を挙げたのかを解析し、その具体的なデータを外部評価委員会で客観的に議論することで評価とします。
全員が奇抜な就職先を得るわけではなく、むしろこれまで順調に開拓してきた主要企業等の就職先の中で“Γ(ガンマ)型人材”としての活躍を期待したいところですから、就職先の分析だけで効果を測ることは容易ではありませんが、本プログラムの斬新性を客観的に示すための具体的な指標の一つとして、少なくとも上記のうち1割を越える学生が、従来とは異なるキャリアパスを切り拓くことができれば、本プログラムによる改革の効果として示すことができるものと考えます。