山村:1989年から東京工業大学の教員として、研究・教育活動を行ってきました。当時は人工知能を研究しており、進化計算の手法などが主なテーマでしたね。株式投資のポートフォリオ、看護師の勤務スケジュールなど、さまざまな面での応用を行ってきました。
いわゆる第五世代の人工知能の研究が一段落したとき、次に行くべき方向を模索しました。制御工学、人工知能の世界では、“生き物を真似る”という手法があります。その考え方から、生物学を新たに学ぶことで、生命科学の手法を取り入れてみようと思いました。
まったくの異分野を学ぶわけですから、修行に行くしかない(笑)。そこで、ニューヨーク州立大学に行ったわけです。情報科学の専門家として研究室を持ちながら、一般の学部生に混ざって遺伝子の組み換え実験を行う、という経験を積む……ということをしました。
東工大の学内では、学内の情報系教育研究機構というバーチャルな組織の設立から関わってきました。学内にいる情報系の教員同士で連携を取ることを目的にした、自然発生的なものです。その中で、「新たな情報系の教育を作っていこう」という機運が高まっていきました。ボランティアベースで始まったものでしたが、その後には大学院内に生命情報学の特別教育コースを設立し、運営を始めました。
ちょうどその翌年に、文科省のプロジェクト(大学院GP:注1)の公募が行われ、組織的な大学院教育の改革プログラムを新たに作ろうという動きにつながっていきました。前年の特別コースをベースとし、東京医科歯科大学と合同で情報と医学を融合したプロジェクトが採用されました。それが2年間で終わり、その後に新しいプロジェクトとしてACLSに参加することになったのです。
このように、個人としても教員としても、異分野を学ぶ、ということの重要性を体験し、実現してきたのです。
注1:日本学術振興会(JSPS)が大学院教育の実質化と国際的教育環境の醸成を推進することを目的として始めたプログラム。2009年度から「組織的な大学院教育改革推進プログラム」として実際の公募が始まった。東京工業大学では、東京医科歯科大学との共同提案を含めて合計9件が採択されている。
山村:メリット、というより、今後は異分野を学ぶことが必然になってくると考えています。一つの学問、一つの世界だけで学んでいると、外の世界が見えなくなってしまうからです。そのことで、リーダーとしての振るまいができなくなってしまう、と思っています。
この想いを強く感じたのは、東日本大震災の時でした。テレビに出てくる“専門家”と呼ばれる人たちが、端から見て変なことを言っているように思えたのです。これからの社会でリーダーになっていく人は、異分野を知っておかなければならない、と思っています。
大学教育の一種の理想に「T型人間」というのがあります。深い専門知識(縦棒)と、豊かな教養(横棒)を持つ人材ですね。確かにその通りなのですが、実際に社会に出たときのことを考えると、それだけでは足りないと感じています。専門分野が細分化していることを考えると、一本の深い縦棒を持っているだけでは、立ちゆかない。異分野を学ぶ、知る、ということは重要です。
深く学んだ専門分野に加えて、異分野を学ぶことによって培った良質な芽(短い縦棒)を併せ持つ。そういう「Γ型人間」になること、なれるように教育していくことが、これからの科学技術のリーダーを育成するには重要だと考えています。
山村:自分自身のことを考えても、情報科学と生命科学を共に学ぶことは、非常に難しいことでした。両者の考え方は、まったく逆方向と言えるからです。たとえば、教科書の書き方について見てみましょう。情報系の教科書は、必ず定義から入る。「整数とはなにか」「演算とはなにか」といった形です。一方、生物系ではどこを見ても「生命とはなにか」ということは書いていません。まぁ、それはスタートではなく、ゴール、という考え方もできますが……。
この他にも、研究室、学会、論文といったものに対する考え方や進め方が異なる、といった違いもあります。総じて言えるのは、発想の仕方、事物へのアプローチの仕方が真逆なんですね。
考え方が逆なので、両方を一度に学ぼうとすると混乱します。ある事象に対して、どちらのやり方でアプローチしていけばいいのか、わからなくなってしまうからです。
混乱を防ぐために有効なのは、一つの分野をとことん勉強し、その後でもう一方を学んでいくことです。けれども、それにはいくら時間があっても足りない。
専門分野の学び方と、異分野の学び方のバランスをどうやって取って行くかが難しさと言えると考えています。
山村:過去の自分自身の経験、これまで教員として様々なプログラムを運営してきた経験から、いくつも工夫を凝らしています。
教育のカリキュラムには、必ず二つの方向性があります。一つは「基礎を固める」ということ、もう一つは「実践する」ということです。これはどの学問でも同じです。ACLSにおける教育プログラムは、この二つをきちんと実現できるようにしています。
基礎を固める、という部分については、講義形式の授業を通じて実現しています。専門分野の研究に加えて、もう一方の分野の講義を受ける。学部の授業を含めて厳選した科目群が用意してあって、双方の分野を無理なく学べるようにしています。
実践する、という面については、グループ演習の手法を採用しています。1グループ最大4名まで、同じ分野の学生は同一のグループにならないようにする。異分野の学生が集まったグループで一つの課題に取り組むことにより、さまざまな発想、アプローチを学べるようにしています。もちろん、課題は簡単なものではありません。グループとして真剣に問題を解決することで、有意義な実践が行えるようにしています。
基礎、実践、いずれの教育プログラムも、これまで大学院や専門特別コースでの経験を踏まえて作成したものです。実際にやってきてうまく行ったこと、できたことを広げて行く、という形で作っています。長い間かけて作り上げてきたものが結晶した形です。自慢できるプログラムだと考えています。
山村:現在のプログラムは、必ずしも完全なものではありません。全体としてはうまく行っていると考えていますが、それでも改善すべき点はあります。そういった点に、さらに工夫したいと思います。
ACLSのプログラムには、自分の分野の学問を勉強しているだけでは経験できないことがいっぱい含まれています。たとえばグループ演習(文系出身者を含む異分野の人たちが集まって問題を解決する)は、社会に出ると必ずしなくてはいけないことです。ACLSでは、その予行演習ができます。グループを組む、そのグループのリーダーになる、そして引っ張っていく。重要な経験を、思う存分に積むことができます。こうした良い点をさらに伸ばしてゆけるプログラムを考え、提供していきたいと考えています。
※掲載内容は2013年2月のインタビュー時点のものです。