Lim:現在、私は徳永研究室で免疫反応のメカニズムの解明に取り組んでいます。徳永研究室は一分子顕微鏡を使用した研究を強みとし、私は免疫反応の開始時に不可欠なタンパク質の特定をテーマに研究をしています。生物学的かつ情報科学的なアプローチの両方の要素を生化学や顕微鏡の技術に組み合わせて、タンパク質の特性と働きを理解することに注力しています。
ACLSのことを知ったのは本当に偶然だったので、とてもラッキーだったと思います。当時、私はマレーシア科学大学で教員としての経験を積んでいました。そこでACLSに参加する留学生を募集しに来た梶原教授にお逢いしました。梶原教授は東京工業大学の学生と一緒に、東京工業大学とACLSのことを紹介してくださり、ACLSのビジョンとミッションも丁寧に説明してくださいました。それでACLSにとても興味を持ち、参加することを決めました。
Chang:私は、Bioengineeringの分野で博士号の取得を目指しています。 研究のテーマは、ファージディスプレイ法を用いた、細胞表面のタンパク質(糖結合タンパク質)と特異的に結合するペプチドリガンドの設計です。適切なリガンドは、バイオセンサーや治療学、および診断のための調査に応用できるため大変有望視されています。
ACLSに参加することになった経緯は、Limさんとほとんど同じです。研究アシスタントの仕事をしている時に、梶原教授とお逢いしたのがきっかけです。梶原教授のお話を聞き、生命科学の仕事(研究)をしていく上で情報科学がいかに重要なのかが分かりました。そして、日本でトップレベルの情報科学の勉強ができる東京工業大学に大きな魅力を感じて、ACLSのプログラムに参加することを決めました。
Lim:生物学的な研究をしていると、情報科学的アプローチが非常に役に立つことが分かります。PALMやSTORMのような超解像顕微鏡の技術は、コンピューターを利用することで可能になります。これらの技術はタンパク質の局在を正確に画像化することができ、画像データはデジタルで定量的に分析できるので、まだ解明されていない生物学的事象の解明に役立ちます。これは情報科学と生命科学の協働によって、ヘルスケアの分野を発展させるほんの一例です。
Chang:私もそう思います。現代の生物学的研究で、バイオインフォマティクスの知識は科学的発見をするのに欠かせません。以前は生命科学の研究でアカデミックなポジションに就きたいと思っていましたが、計算科学を学べる日本の最高峰の大学にいると、常に情報科学を応用することを意識できます。 ITの専門家からアドバイスを受けながら、自分の専門分野の研究を進めることができると思いました。計算生物学で高い評価があり、最高の施設が整った日本のどこかで勉強したいと思っていました。それでACLSに参加することを決めました。
Lim:ACLSは、たくさんの学びと探求の機会を与えてくれるプログラムです。たとえばACLSが主催するイベントでは、著名な教授や研究者の方々とお会いし、議論する場があります。生命国際シンポジウムや国際夏の学校、海外インターンシップなど沢山の機会が用意されています。
Chang:ACLSでは、アカデミックな分野のサポートとは別に、新しい学びを得る機会もたくさんあります。たとえば産業界での研究開発です。ACLSに参加する前はアカデミアの世界にずっと身をおきたいと思っていましたが、いろいろなものを見た現在、次のステップを考えなおしています。もちろん、アカデミアの世界は魅力的ですが、産業界のことを学ぶにつれて、将来は産業界で働くこともよいかもしれないと思えるようになりました。ACLSで多様な専門家との協業を経験したことで、新しい考え方が得られたのだと思います。
Lim:印象的なイベントは2つあります。1つはビジネスプラン国際コンテストです。ビジネスプラン国際コンテストでは、様々なアドバイスを専門家や経験豊かなファシリテイターから受けながら、ビジネスプランの作成に必要不可欠なプラットフォームとリソースを学びました。それに加え、有名な海外の大学から様々なスキルと知識を持った学生が参加したので、国際的なネットワークを築くことができ、強いきずなもできました。みんなで協力して経営戦略とコンセプトを練るのは、とてもおもしろく勉強になりました。
もう1つは国際夏の学校です。ACLSの夏の学校は参加学生が運営委員の一員でもあるという点が特徴的です。情報科学と生命科学の分野の最新の進歩を知り、同じく運営委員であるACLSのプログラム担当教員の先生方から的確なアドバイスを受けながら、夏の学校という国際イベントを作り上げることができました。夏の学校は単に学術的な能力を高めるだけでなく、特にリーダーシップやソフトスキルを鍛えるのに効果的なイベントだと思います。
Chang:私にとっても、夏の学校はとても印象的でした。多様な背景を持つ学生が集まり、7日間のプログラムの間にアイデアを出し合って一緒にプロジェクトをつくりあげる、そのプロセスはとても刺激的なものでした。その他にも「グループ型問題解決演習」という異なった分野(生命科学と情報科学)の学生が一緒に最先端の学際的な科学プロジェクトを作り上げる授業もありました。ヒトの遺伝子情報の中に一塩基変異多型(SNP)を発見することが研究課題のテーマでした。そこでは次世代シークエンサーの使い方と東京工業大学が誇るスーパーコンピューターであるTSUBAMEを使った演習を通して多くを学びました。情報科学が生命科学にとってなくてはならないものであることを体感しました。
Chang:2016年2月にサンディエゴで開催されたAUTM Annual Meetingです。テーマはアカデミアの世界での発明や技術をどのように産業界で商業化するかというものでした。そこで開催されたビジネスプランコンテストはとても勉強になりました。投資家とベンチャー・キャピタリストの関心をひくための正しいプレゼンテーションのやり方を教わりました。また、研究者が専門的な技術移転コンサルタントに照会したり、市場価値や発明からのスピンオフを評価したりする前に、データベースや、公的もしくは非営利的な統計やサービスを用いることで、統計を先に取り終えることができることを学びました。
Lim:ビジネスプラン国際コンテストとAUTMのおかげで研究と発見に対して違った見方を持てるようになりました。基礎的な科学に取り組むチームでは、新しい知識の発見が優先事項であるため、自分の研究のエンドプロダクトについてまでなかなか考えがおよびません。こういったイベントに参加したおかげで、少し違った認識を持てるようになりました。また、自分の専門分野における洞察が実用的な問題解決に果たす役割を考えること、研究の必要性と需要を常に考え、科学的な発表のためにだけ努力をするのではなく、問題を全体としてとらえることを教わりました。これが重要なのは、基礎研究における成果を特定の商品開発につなげる過程が一足飛びではないからです。両者をつなぐために、さらに多大な労力をかけることが必要です。他にもやることはたくさんあるのかもしれないですが…。将来、自分が商品の開発に携わるかどうかは分かりませんが、なぜ基本的な知識が商品の開発に必要不可欠なのかがよく分かりました。
Lim:正直に言うと、東京工業大学を卒業した後の道はまだ決めていません。産業界に経歴を持つことは、アカデミアの世界で研究を続けるのと同じくらい魅力を感じますが、最先端の知識や最新技術の進歩を発見したり、追求する時、いつもとてもわくわくします。現在所属している研究室がそうであるように、活気のある研究者に囲まれて研究することにもやりがいを感じています。可能であれば、研究技術と熟練度をさらに磨き上げて、卒業後も研究畑に残りたいと考えています。
Chang:ACLSではキャリアパスを考えるための機会がたくさんありました。シンポジウムや演習、またはビジネスセミナーがACLSの主催で開催されました。「Every coin has two sides.」ということわざにもあるように、アカデミアの道を選ぶか、産業界の道を選ぶか、どちらにもよい面と悪い面があります。今は自分の研究に関係する知識を深めることに夢中ですが、東京工業大学で博士課程を終えた後は実業界に進む方に気持ちが傾いてきています。アカデミアの世界にとどまるかもしれませんが、(製薬の)産業界にも目を向けていようと思います。
※掲載内容は2016年12月のインタビュー時点のものです。