舘野:私は生命科学系の出身で、現在は主に抗がん剤をテーマに研究を行っています。たとえば、最近になって日本でも認可されたポマリドミドのような薬です。これはサリドマイドという薬をリード化合物として作られたもので、多発性骨髄腫という治すのが難しい病気の治療薬として使えるのではないかと注目を集めています。
ACLSに興味を持ち、参加しようと思ったのは、二つの理由からです。一つ目は、最近の生命科学のトレンドである“大規模データの解析”について、知識や手法を得られると考えたこと。もう一つは、一つの分野しか学ばない、いつも同じ研究室に閉じこもっているような、頭の固い人間になりたくなかった、ということです。
柳澤:私自身は情報工学系の出身ですが、研究の対象が薬という点で舘野さんと近いところがあります。あるタンパク質の形状に対して、薬剤(化合物)がどのようにはまっていそうかシミュレーションで予測、その構造がどのくらい安定しているかを計算で推定する。私はその手法の開発をテーマに研究を行っています。
ACLSに参加したのは、研究の幅を広げたい、自分自身の強みを活かしたい、と考えたからです。大学からずっと、自分自身は情報工学の分野を学んできました。けれども今後の世界を考えると、情報系だけで生きて行くのではなく、他の分野−生命や化学、物理など−と一緒にものごとに取り組んでいく必要や機会が増えてくると考えています。異なる学問領域の間に立ち、中を取り持てるような人材になれれば、と思いました。実は、高校時代は化学が非常に好きで、興味を持っていました。ACLSなら、自分が好きな化学への興味を活かしながら、それを情報系の研究にプラスすることができる環境がある。とても面白そうだと感じたのです。
舘野:確かに時間は限られていますし、その点は不安もありました。ただ、ACLSが目指しているのはΠ型(パイ型:二つの専門分野を深く学ぶ)ではなく、Γ型(ガンマ型:一つの専門領域を深く学び、他分野についても知識を得る)の人材を育てることです。私自身は生命科学系の出身で、生命系を長くやってきて、同じだけもう一方の情報系を突き詰められるとは思っていませんでした。Γ型では情報系については深く学ぶのではなく、ディスカッションできる知識まで身につければ良いことになります。それなら、自分にも両立できるのではないかな、と思いました。
柳澤:情報系と生命系、専門としている分野が異なると、使う言葉も思考方法も違ってきます。そのため、何かをテーマにしたディスカッションをした時に、そもそも話が噛み合わない、ということも出てきます。私は、その両者の間にいられる人になりたい、と強く思っています。ですから、ACLSに参加して複数の領域について学ぶことは、不安と言うよりもむしろ「やってやろうじゃないか」という形で、障壁ではありませんでした。情報系と生命系のスペシャリストの間にいられる人というのは、今後ますます必要になるはずです。そして、今までそういった人はあまりいませんでした。ですから、そこを目指すことは自分にとって大きな意味があり、チャンスでもあると捉えました。
舘野:正直なところ、最初は「Γ型人材の育成」という言葉にあまりインパクトは感じませんでした(笑)。けれどもACLSのプログラムが目指しているのはまさにそこだし、今後はΓ型人材がますます求められているだろうな、ということは感じます。
舘野:ACLSでは、グループワークやディスカッションをする機会がとても多く設けられています。それが、さまざまな刺激になっています。たとえば、「グループ型問題解決演習」がそうです。5人くらいの小さな集まりで演習を行う授業なのですが、テーマは情報系だったり生命系だったりいろいろです。演習のテーマが情報系だったら、僕は生命系なので分からないことを聞けるし、たくさんの知識を取り入れられます。逆に生命系のテーマだと、情報系の方からいろいろと聞かれます。その時に、できるだけ分かりやすい言葉で話そうとしているうちに、相手も理解してくれるようになる……という経験をしました。こういうプログラムに参加することで、彼(柳澤さん)のような情報系の人と気軽に話し合うことができるようになってきています。
柳澤:もともと、生命系の人も情報系の人も、一緒に何かのテーマに取り組もうという意識は持っています。それぞれが、相手のことをよく理解したいという気持ちがあると思います。でも、機会を作られて初めて、お互いで意識をかわそうという努力が始まります。
ACLSでは、その一歩目の場を提供してくれていて、非常に意味があると考えています。「グループ型問題解決演習」だけでなく、コース全体に工夫がなされています。たとえば、英語の授業で扱うテーマは、内容が生命系だったり、情報系だったりします。授業中には頑張って英語で表現し、終わった後は日本語で「あれ、どういう意味だったの?」という話ができ、自然に他の参加者との間で行うコミュニケーションが増えていく。そういう経験の中で少しずつ言葉や考え方が共有されていくのです。
柳澤:そうですね。他の方とディスカッションしながら一つのものを作り上げていく機会は、授業以外にも多くあります。たとえば、夏の学校は、いろいろな準備を学生主体で、英語で行います。ポスターセッションも踏まえた冊子作り、招待する先生について予習会を実施する、グループワークに必要なことの用意をする……など、それぞれが委員会に分かれて準備作業を進めていきます。これはコミュニケーションをとる、という上で非常に大きい経験だと感じています。否が応でも、話さなければ前に進みませんから(笑)。
舘野:研究とビジネスのつながりについて学ぶ機会もあります。ACLSの授業の中でも私の印象に残っているのは「ベンチャー起業特論」です。これは、「現在ある技術を使えば、将来こういうベンチャービジネスができる可能性がある」ということを、参加している20~30人で考え、コンテスト形式で発表するものでした。研究をビジネスに活かすことの難しさも感じましたし、講演を行ったベンチャー企業の方が皆「助けてくれる人がいなければ、成功できなかった」というのを聞いたことは、自分にとって大きな転機になりました。このイベントに参加してから、「将来は、大学発ベンチャーを成功させることを手助けできる人になりたい」と考えるようになりました。
他にも、ACLSで紹介してもらった短期インターンシップでもグループワークがありました。富士ゼロックスで行ったものでしたが、「会社で持っている技術を使うと、将来こういうビジネスができる」ということを考え、プレゼンしました。情報系のテーマだったので一緒に参加していた情報系の学生がリードしてくれたのですが、多くのことを話し合い、互いに交流が深められる良い機会でした。
柳澤:グローバルなところで言うと、2015年の5月にスウェーデンで開催されたノーベルワークショップへの参加も印象に残っています。ノーベル賞を獲った、あるいは獲りそうな最先端の科学者の講演を聴けるイベントでした。ところが、英語で行われた講演が、聴き取れない(笑)。夏の学校の時に危機感を持って「英語を頑張ろう」と思ってやっていたにも関わらず、です。「これはもっと頑張らなくちゃいけないんだな」と気付くきっかけにもなりました。学生が壁に当たって、仲間と協力して成長する。こういう経験を繰り返し行える機会が、ACLSには多くあると思います。
舘野:最終的には、大学の研究を社会に活かすための仕事をしたい、と考えています。その関わりの一つとして、ビジネス側からサポートするような役割をしていくのもいいかな、と。そんな仕事に就いたとき、何が面白い研究なのかが分かるためには、幅広い学術的知識が必要と思っています。ACLSで学んだこと−Γ型になる、ということ−が、役に立ってくれるでしょう。
柳澤:社会人になったときに、大学に残っているか、企業に行くかは、まだ決めていません。でも、いまの自分自身の研究を、何らかの形で社会に活かしていきたいと思っています。どちらであれ、いま自分が勉強している、ACLSで学んでいる生命系の基礎知識は、今後いろいろな形で必要になると感じています。情報系の知識や手法だけである意味完結できている時代から、“情報&何か”という組み合わせが必要とされる時代になってきているように思えるからです。ACLSでいろいろな人とたくさん話をし、さまざまなアイディアを出す、という経験をしてきました。“純”情報系の企業に勤めることになったとしても、それは役に立つ、と考えています。
舘野:ACLSでは、もっと深いプログラミングの演習を受けてみたいと考えています。実際に仕事に就くと時間がとれないでしょうから、学生のうちに挑んでおきたいですね。また、ACLSを通じて知り合うことができた友だちと、楽しく課題解決に向けた実習をするというのはもうちょっとやりたいなぁ、という希望もあります。まだ体力はありますから、学べるだけ学んでいきたいですね。
※掲載内容は2016年12月のインタビュー時点のものです。