伊藤:私が専門にしているのは、有機合成化学と生体無機化学の分野です。さまざまな化合物を合成し、その化合物の評価や、生体分子と組み合わせた新たな反応系を構築することを中心に研究してきました。俗に言う、バリバリの「実験屋」ですね(笑)。
学部生、そして大学院の修士課程までは名古屋大学で有機合成化学の勉強と研究を続けてきました。自身のテーマに沿って研究をする中で、バイオテクノロジーの分野にも興味を持ち、「他の分野についてもしっかり学びたい」と思うようになりました。そこで東京工業大学の博士課程に進学し、生命科学の分野についても研究を始めるようになりました。
私の博士課程最後の年に、ACLSのプロジェクトが始まりました。生命科学と情報科学、二つの分野を融合的に学ぶことによって知識や実験経験を養える、素晴らしいプログラムだと感じました。
その後、博士課程の修了を控えたときに、ACLS特任助教の公募を知り、自身の経験を活かして学生に有益なアドバイスできるのではないかと考え、応募することにしました。また、教員として学生を指導するだけでなく、自分自身もさらに知識を深め、経験を積める、と考えたことも、参加を決める大きな理由の一つでした。
伊藤:確かに、新しい分野を学び始めることは大変です。生命科学と情報科学では、扱う対象も扱い方の技術もまったく異なるからです。たとえば同じような実験でも、有機化合物と生物では扱い方が全く違います。生物だと、ちょっとした環境の変化で結果が大きく変わる、ということもあります。生命科学と情報科学のそれぞれについて、まずは一定の知識を最初のうちに覚えた上で関わらないと難しい、ということは私自身も身に染みて感じていました。
しかし、その大変さを知った上でも、両者を融合して学ぶことのメリットは大きいと考えています。現実の社会では、複数の分野が融合したテーマがトピックとして多数出てきています。生命科学の手法を使って実験で得たデータを、情報科学の手法で解析することで、さまざまな応用分野にデータを活かしていくことができるわけです。この分野の教育・研究を進めて行くには、両者の知識・技術が必要不可欠、という状態になっています。
学生のうちに他分野の基礎知識を得ておく、両者を融合して学ぶ、ということは、研究の幅を広げてくれます。また、社会が求める課題の解決にも役立っていくと考えています。ACLSは、いろいろな人を見て、色々な人とふれあえる5年間です。自分のバックグランドを広げることが、ゆくゆくは自分のためになる。そう考えて参加してほしいと思っています。年齢的にも学生に近い立場なので、一緒に頑張っていきたいですね。
伊藤:主なものは、ACLS内の各種プロジェクトの運営です。たとえば、「国際夏の学校」や「グループ型問題解決演習第二」といったものに関わっています。教育面に関して言うと、新しい分野を学び始めた学生の悩みにアドバイスをするようにしています。ACLSには「担任メンター制度」があり、特任教員とコーディネーターがそれぞれ数人の学生を担当します。私は6人ほどの学生を担当し、教育プログラムへの参加度合いを見ながら、自身の経験を活かしてさまざまなアドバイスをしています。
その他には、各種のイベントの運営があります。ビジネスプラン国際コンテスト、留学生との交流を目的にした餅つき大会……ACLSには小さなモノから大きなモノまで、学生間のインタラクションを促進する多彩なイベントがあります。その運営にも関わっています。
自身の専門知識を高めるための時間と、教員として学生に対応するための準備をする時間。両者をうまく配分していくことは時に大変なことでもあります。しかし、ACLSのプログラムに深く関わることによって、自分の専門性も深まっていると感じています。今までやってきたことだけではなく、新たな分野の知識や経験を活かして「自分の色を出す」という意味で勉強になります。特任教員という関わり方は、自分でも成長できる場でもあるな、と思っています。学生と一緒に知識を深めていくと自分の専門知識の幅が広がっていく、ということは常に感じていますね。
伊藤:このプロジェクトは、教員側が学生と同じように生命科学と情報科学の2本の軸をしっかり持てるようにする、という狙いで始まったもので、分野の異なる教員が協力して新しい教育研究テーマを模索するものです。平成25年度は8件が採択され、私を代表者とした提案も採択されました。私の専門は生命系なので、情報系の先生、そして学生と一緒にプロジェクトを進めています。テーマはタンパク質の研究。タンパク質のうち、形のわかっていないものの機能を調べることが中心です。情報科学の手法を使って構造を予測し、実験によって確かめていく、ということをしています。
構造予測の手法については、知識としては知っていました。自分の手を動かして進めていく、という実践での経験を積んでいるところです。教員が、学生と同じように経験を通じて生命科学と情報科学の双方の知識を得て身につけていく、という内容になっています。
このプロジェクトにはACLSの学生も自主的に参加しています。基礎的な講義を受けると同時に、実験の手伝いなどをしてもらっています。教員の側が学生に「こういうのをやりたいんだけど、どうやればいい」と聞きながら進めることもあります。同じ研究テーマを組み、両分野を融合した研究をしているところに学生が参加する形です。私も、学生に聞きながら情報系の知識を得ながら実験を進めています。学生と教員がともに協力しながらガンマ型の人材を目指す、ACLSならではのプロジェクトだと思っています。
伊藤:「グループ型問題解決演習第二」で「ハイスループット質量分析計を用いたタンパク質同定実習」を担当します。「高速・高感度MALDI-TOF MS」を用いた実験で、タンパク質の質量分析を行います。そして、質量分析計によって得られたデータをデータベースを用いて検索し、対象となるタンパク質がどのようなものかを明らかにします。これは現在の科学研究の大きなトピックの一つになっているテーマです。
たとえば医療系の分野では、患者さんと健康な方とのタンパク質構造の違いを知ることによって、診断マーカー(タンパク質のターゲット)にしよう、という応用方法が考えられています。
演習では、他分野の考え方というものを学生同士が気づきあえるようにしたいと思っています。生命系の学生には「実験で得たデータが、どう活かされていくか」を、情報系の学生には「扱っているデータは、どのように得られたのか」を、それぞれ知ってもらえるようにします。その上で、学生同士が協力して進めていく中で、「複数の分野の手法を組み合わせることで、何が得られるか」について身をもって体験してもらえるようにします。
※掲載内容は2014年2月のインタビュー時点のものです。