今村:私は生物学の出身です。生体分子をナノテクノロジーに応用するためのテンプレート(鋳型)として用いる研究を行っています。この研究を進めていく上で、生物学だけではなく情報科学分野の知識も必要だと考え、ACLSのプログラムについて話を聞いたことが、参加するきっかけになりました。
ACLSでは、「Γ型」の人材を育成する教育を行っています。どちらかと言えば「I型」だった私にとって、異分野を学べるプログラムというのは大きな魅力でした。
矢野:学部生時代から、土の中などから得られるDNAから環境中の細菌の種類などをコンピュータを利用して解析する、という研究を行ってきました。大きなくくりとしては生命科学の分野ですが、どちらかというと情報寄りのテーマ/手法と言えるでしょう。生命科学と情報科学の融合領域にあるACLSへの参加は、必然的なものだったのではないかと思っています。
今村:生物学の分野でも、統計学や数学の手法を活用する機会は多くあります。他分野の知識を学ばないままだったら、既存のツール(エクセルや解析ソフト)に頼って研究を進めていたと思います。ACLSに参加することで、そのプログラムがどのような発想の基に作られているのか、ということがわかるだろうと考えました。既存のツールだけに頼らず、数学の手法を研究に応用することで、自分の研究が広げられるのではないか、そんな期待がありました。
矢野:ACLSのプログラムは、生物と情報を組み合わせる比較的新しい分野の学問です。未開拓のテーマが多いこの分野なら、新しいことを成し遂げやすい、と考えました。
矢野:さまざまな分野に触れることで、見えるものが広がる、ということは強く感じます。何か一つのテーマを深めるにしても、どのように進めればいいかを多角的に吟味することができる。自分の研究テーマをどう処理すれば効果的に研究が進められるかが、研究室外から吸収したノウハウによって検討しやすくなったと感じています。
今村:今は学ぶことが多く、研究に応用するところまで到達していないですが、それでも当初思っていた以上の魅力があると感じています。情報系の教育は私から見ると離れ小島の様で、正しく「Γ」の短い縦棒の様です。自分の研究とACLSで学んでいることをつなぎ、「Γ」にすることは難しいことですが、ACLSのプログラムを通じて異分野の方と交流することによって自分の力だけでなく、異分野の学生と色々な可能性を模索することが可能になったことは自分にとって大きな魅力だと感じています。
矢野:異分野との交流を広げることで、自分の研究室だけに籠もり、一つの視点に固執することが減ると思います。他の分野を学ぶことによって、一見すると手間が増えるように感じられますが、実は複数の視点を持つことで、研究への独創的な切り口が得られやすくなる、と今は考えています。
今村:研究を進めながら、自分の専門分野の授業とACLSの授業を同時に履修するのは、確かに大変なところもあります。とりわけ博士から参加した私は忙しい一年でした。けれども、修士から参加する方は、それらをバランス良く配分すれば、十分履修可能だと思います。
矢野:大変、というより、非常に有意義だと感じています。実はACLSに参加するまで、カリキュラムにはあまり期待していませんでした(笑)。特にプログラミングについては、独学でやってきたという自負や自信がありましたから。でも、実際にACLSの授業に参加してみると、独学が困難だという声をよく聞くネットワーク・インフラなどについて比較的すんなりと学習が進められました。独学では学びにくいことの敷居が下がるのはとてもありがたいことです。
研究の合間に授業があるというプログラムも、他分野に触れて気分転換できるので、案外いいものです。前に行ったことの反復になりますが、異分野に触れることでそれまで誰も手を出さなかったような自分だけのテリトリーが得やすくなるので、研究は楽になりますし。
今村:今年度の夏の学校(注1)は、6月に準備を始めました。私を含む最上級生5名と、修士課程の学生2名で実行委員会を編成し、9月の開催に向けてスケジュールを組み、取り組みました。他の大学や教育機関でも、同様のプログラムは実施しています。しかし、ACLSが行うのは初めてでしたので、どんな形がふさわしいか、教員を含め実行委員と週一回の議論を重ねながら準備を進めました。
まず考えたのは、目標を明確にすることでした。キャッチフレーズとして「Cross X Challenge」を考えました。文化や科学の領域を超えた交流(Cross)と、新しいことへの挑戦(Challenge)を目指す、というものです。外国人参加者も含め、異分野、異文化、異なる言語を使う全員が、有意義な議論と交流を行えるように注意しました。
実際に準備作業を進めていく中では、全体をまとめるリーダーの役割をどうするか、ということが難しかったですね。それまではリーダー経験がなかったので。けれども、目標を明確にして、毎回のミーティングで決めるべきことを明確にしたことで、良い夏の学校にできたと思っています。
実行委員長という役割を体験して思ったのは、交流の機会がさらに広がったことです。こういうインタビューを受けるのも以前はあまりありませんでしたし(笑)、いろいろな意味で注目されるようになりました。同じ学年や研究室内以外の学生と話す機会は少なかったのですが、グループ型の授業や夏の学校を通していろんな人と交流を持てるようになったことはすごく大きかったです。
矢野:次年度の夏の学校は、ロンドンで開催します。前後の日程も含めると1週間、今年よりはだいぶ長くなっています。期間が長くなったことで、今年度行ったポスターセッションや招待者講演以外にも、いろいろな企画を考えて行きたいと思っています。
今村:昨年と比較すると準備の時間が長く取れるので、海外学生とテレビ会議を行ったり、講演者、実行委員以外の学生の声(何をしたいか、どうしたいか)を集めると、もっと有意義なものになると思います。
矢野:そうですね。他の実行委員の方がどのように考えているかにもよりますが、私自身は今年度の(クロスチャレンジということの)達成度は実はそれほど高くなかったと考えています。どうしても日本人学生同士が固まってしまう傾向があるんですよね。そこをどう“溶かす”か。いろいろな企画を考えて行くつもりです。
注1:夏の学校(ACLS International Summer School)は、多彩な分野の研究者や学生による議論と交流を目的として行っている事業。2012年度は9月3日~5日にかけ、神奈川県・湘南国際村で開催された。
今村:パイオニアになっていくことは目標です。ACLSで学んでいることの多くは研究室や専門の授業では学ばないことなので、私がパイオニアになって、研究室に新しい風を吹き込みたい、さらには新しい領域を作ってゆきたい、と考えています。
矢野:研究室に異なる分野の考え方や視点を持ち込むことで、これからの研究を担っていく…そんなリーダーシップが求められていると感じています。
■Γ型からΠ型、という形に変わっていくことを目指しているわけですか?
矢野:いいえ、それはありません。複数分野を学ぶ、というと、どうしても深い専門分野を複数持つ「Π型」を理想とする方もいると思います。けれども、ACLSではそう考える人は少ない。自分で複数分野のことがすべてできる必要はなくて、他の分野の人とコネクションを保ちながらやっていくことが重要だと考えています。他の分野との効果的な協調のために、「Γ」の短い方の脚があるのだと思っています。
今村:「Γ」の短い縦棒を増やすという考え方もあると思っています。縦棒は1本に限らず、2本でも3本でもいいのではないかと。長さ、深さも均一でなくてもいい。知っていること、わかること、を増やすのはオリジナルの研究には必要だと考えています。後から必要に応じて伸ばしていく。そんなこともできると考えています。
■専門分野の深さを維持しながら、他の分野に対する知識や学んだ経験を増やしてくということですね?
今村:日本では博士号のことをドクターと言いますが、海外ではドクター・オブ・フィロソフィー(Ph.D)です。私の研究室には海外で博士号をお取りになった方がたくさんいますが、文化的なことも含め、多くの分野に精通しており、研究に対して責任を持って深い知識とクエスチョンマークを持っていらっしゃいます。ACLSで学ぶことで、Ph.Dと呼べる人間になることが目標です。
矢野:優れた人の話を聞くと、必ずといっていいほど独自の世界観があります。「生物はこうなっているはずで、そうであるためにはこの遺伝子はこうなっているべきである」といったものです。この世界観はどこから出てくるのか? 話を聞くと、ヴィトゲンシュタインなどの哲学書を読んだといった事例がボロボロ出てくる。私も、さまざまな分野に興味を持ち続けることで、世界観を持った研究者になりたいと考えています。
※掲載内容は2013年2月のインタビュー時点のものです。