水口:いま世界中にはいろいろな問題があります。地球環境や食糧問題などですね。私はその中でも特に、健康の分野に興味を持っています。すべての人が健康であれば、世界は平和になる。そう考えて、以前はウィルスの治療薬について研究をしていました。今は再生医療を研究テーマにしていて、三次元的な臓器や組織を作ることを目指しています。
自分の研究によってすべての人を健康にする。その目的に向けたイノベーションを起こすために必要な「武器」が、自分にはまだ足りない、と感じたのがACLSに来るきっかけになりました。生命科学の知識だけではなく、他分野の知識を得て融合することによってこそ、イノベーションを起こせる。ACLSで情報科学の知識と技術を得ることが、自分にとって必要だと考えたのです。
安田:父親が癌の研究者だったこともあって、幼い頃からサイエンスの世界に興味を持っていました。漠然と博士になろうとは思っていましたが、自分の目指すあり方は従来の「博士像」とは少し異なっていました。一つのテーマについて深い専門性を持つだけではなく、さまざまな分野を広く俯瞰できる人になりたい、と考えていたのです。時代を変えた偉人たちは、物理学者であり、天文学者であり、建築学者であり……と、何でもできた器用な人でした。私も同様に器用な人間-ある意味での万能人間-になりたいと思いました。
そのためには、専門的な知識だけでなく、他分野の視野も持つ必要がある。少なくとも、他分野の人とディスカッションしているときに話に食いついていけるだけのものを身につける必要がある。ACLSのプログラムは、異分野との融合に重点が置かれています。ここなら自分の必要なものが見つけられる。そう思ったのがACLSに参加した動機ですね。
水口:ACLSに来て良かったな、と思うのは、チャレンジできる場所が多く用意されていることです。もちろん、講義や授業も充実しています。グローバルなコミュニケーション能力を養える英語の授業などです。それに加えてフォーラムなどイベントの場が多数ある。
たとえば、「博士課程教育リーディングプログラムフォーラム(注1)」は、ACLSにいなければ絶対に参加できないイベントでした。日本の優秀な学生が集結するもので、他大学の広い分野の学生と討議をすることが非常に参考になりました。また、「全国博士課程教育リーディングプログラム学生会議(注2)」も同様です。生命と情報というだけでなく、理系と文系の垣根を越えて多くの学生と知り合い、議論することができました。知らない分野のことであっても、議論することによって知識がつきます。そうすると、ある問題に当たった時に「あの人に聞いてみよう」と思えるようになる。また、自分の持っている知識を元にいろいろな提案もできる。「あの人とだったらチームが組めるかもしれない」と考えられるようになる、良いコミュニケーションの場でした。そういうところに出て行けるのがACLSの良さだと考えています。
安田:授業や演習はとても面白いものがありますね。たとえば、グループ型問題解決演習第二。6つのテーマから自分が興味のあるテーマを選択し、異分野の学生とチームを組んで問題解決に当たります。私は「生体情報の取得・解析」というテーマを選んで参加しました。生命系の私にとっては難しい回路設計やプログラムを協力・分担し、脈波から音楽を作るという創作的な活動ができました。
水口さんと同様に、あちこちのイベントに出て行っていろいろな人に会える。そういうチャンスが多いのがACLSの魅力です。いまは科学も細分化が進んでいて、自分一人で何でもこなせるという時代ではありません。他の方とチームを組んで融合していくことが必要です。そんなコミュニケーションの機会が多いところが良いな、と思っています。
注2:第2回全国博士課程教育リーディングプログラム学生会議
2014年6月に、熊本大学で開催されたイベント。「博士のEmployability(雇用されるにふさわしい能力)と博士教育と社会との接続」をテーマに、ワールドカフェ形式でのディスカッションなどが行われた。
水口:今年の「夏の学校(注3)」には、実行委員長(兼 グループワーク担当)として参加しました。もともとACLSに参加した時に、いろんなことに挑戦しよう、チャレンジしようと決めていました。実行委員長も挑戦の一つだと考えて引き受けることにしたのです。全体をまとめる立場になるという機会の希少性は魅力でした。
安田:私は今回の夏の学校には、副委員長(兼 異文化研修担当)という立場で参加しました。議事録を作る、といったどちらかという事務的なものを進める力をつけたかったからです。ずっと研究室に籠もっていると、会議で出た話をまとめて議事録を作る、といった機会は得にくいので。
水口:今年の夏の学校には、50人ほどの参加者がいました。ALCSが40名ほど、ホストのパデュー大学をはじめとする海外の大学から10名ほどです。基調講演、グループワーク、ポスターセッションなどの内容を盛り込んで展開しました。いずれも、総じて成功だったと評価しています。終了後の参加者アンケートも良い反応が返ってきています。グループワークのテーマ(タンパク質の構造と機能)は少し生命科学寄りに偏っていたか……など気になった点もありましたが、情報系の学生にとっても知らない分野の知識が得られる機会ではあったと思っています。
安田:運営側として参加してみて、得るものは多くありました。会議の議事録作りも最初は苦労したけれど徐々に慣れてきましたし、先生方へのメールの書き方や〆切に間に合うように計画を立て実行することも身につきました。負担はあるけれど、やってみる、挑戦してみる価値は大きいと思います。
注3:夏の学校(国際夏の学校)
ACLS国際夏の学校(ACLS International Summer School)は、ACLSが多彩な分野の研究者や学生による議論と交流を目的として行っているプログラム。2014年度は8月13日~18日にかけ、アメリカのパデュー大学で開催された。
安田:負担とか大変さを感じたことはありません。もちろん、ACLSのプログラムに参加するための時間や準備は必要になります。ただ、もともと大学院は学部に比べて授業が少ないので、時間のやりくりはいくらでもできます。また、プログラムで移動することがない(=すずかけ台キャンパス内で完結している)のも、負担を感じない理由だと思います。まぁ、大岡山キャンパスからの参加でも、いまは遠隔授業が多くありますから状況はあまり変わらないと思います。
水口:私も同じです。自分の研究時間はしっかり取って、研究室での報告も(ACLSに参加していない)他の学生と同じようにできています。私たちにとっては「普通のこと」になっていると言えますね。現在進めている研究に直接関係しない部分でも、ACLSに参加することで異分野・異文化の人とふれあえるチャンスがある。将来的には、その機会に出会った人とチームを組んで仕事をする可能性だってある。そう考えると、大変さよりも楽しさの方が大きいですよね。
安田:これまで、大学院を出たら研究室に残ってアカデミアの世界に進むか、企業に就職して研究職に就くか、という狭い選択肢しかなかったと思っています。私はそういう常識を変えられるような人材でありたい、なりたいと思ってACLSに参加しました。研究者ではあるけれどもビジネスの素養も持っていて、自分の研究結果を社会にどんどん出していく……ある種の「新しい博士」を目指しています。ACLSに来ることで、その思いが具体化していっているように感じます。
水口:ACLSというプログラムの目的は、日本を率いて世界を変えていく人材を育成することだと思っています。自分でも、そういう人材になろうと思っていますし、「我々が日本をリードしていこうじゃないか」という意気込みを持つようになりました(笑)。
その一つの形として、自身で起業することを考えています。ACLSが用意してくれた「場」で、さまざまな人と知り合うことができました。そういった仲間と起業する。もちろん、研究者としての活動は続けていきますが、社会に対する働きかけもしていきたいですね。
安田:ACLSは私たちの「上」にある巨大な組織-そこに所属すれば引き上げてくれる-ではなく、「下」にあるベースのようなものだと考えています。さまざまな機会が用意されていて、うまく活用することで自身を伸ばしていけるような。だから、ただ何となく参加するというのでは意味がないと思います。自分のあり方や将来についてモヤモヤした何かを持っている学生に向いているのではないでしょうか。そんな人には一度来て、見て、話を聴いてほしいな、と思います。
水口:授業に出る、講義を聴く……ACLSに「参加しているだけ」だったら、研究室に閉じ籠もっているのとあまり変わらないんですよね。せっかく多くの機会が設けられているんだから、それを使う、ドンドン使うようにしていける人でないと、もったいないと思います。
※掲載内容は2014年11月のインタビュー時点のものです。