関嶋:ACLS が設立される前の段階-東京工業大学の学内で「情報分野と生命分野を融合する新しい大学院の教育プログラムを作っていこう」いう合意形成が行われるとき-から関わってきました。
私は、主に情報分野の人間としてバイオインフォマティクスを研究しています。現在はスーパーコンピュータや国際共同研究に関わる研究を主に行っている学術国際情報センターに所属し、情報工学科の学部生や、計算工学専攻の大学院生に対する教育を行っています。
ふだん接する学生たちは計算機の専門家で、計算機への興味も高い。けれども、彼らがバイオインフォマティクスという新しい学問の分野を独力で切り拓いてゆくのは難しいと感じました。
勉強として教科書で生物学を学ぶだけではなく、生命理工を専門とする学生たちと接し、グループワークのような形で一緒に何かすることが重要である、と考えたのです。両者の異なる感性が響き合うことができれば、とても面白いのではないか。よりよい教育ができるのではないか。そう考えたのが、ACLS に参加することになった大きな動機といえます。
私自身も、異分野と言える複数の専門領域について研究してきました。もともとの出自はバイオ(農学)の分野。今ではスーパーコンピュータという情報系の研究を行っています。その経験から、生命理工と情報工学という両方の学生や研究者が持つ感性の違いが分かります。それぞれ、考え方も、文化もまったく異なります。けれども、これから社会に出て行く、社会に貢献する人材を育てていこうと思ったら、両方の感性を知っておく必要があります。自分の専門については本当に詳しく、かつ、異なる分野についてもある程度の知識を持っていること。ACLS の教育プログラムを通じて、そういう人間を育てられると考えています。
関嶋:複数の専門領域を持つ、というと、まず思い浮かぶのが「Π型」の人材だと思います。十分に深い専門知識(二つの縦棒)を、豊かな教養(横棒)でブリッジする形です。実現できるのであれば、非常に理想的なものだと思います。
けれども、あまりにも最初から「縦棒を複数にすること」に意識が行ってしまうと、それぞれの縦棒が十分な長さを持たなくなってしまう危惧があります。大文字の「Π」ではなく、小文字の「π」になってしまうのです。複数分野は知っているんだけれども、それぞれの専門性が低い、という状態です。中途半端と言えます。
そこでACLS では「Γ型」の人材育成を目指しています。自分の専門(一方の縦棒)については十分に深く知っており(=長い縦棒)、異なる分野についてもある程度の知識がある(=短い縦棒)。そういう状態を目指します。ある程度でも知ってさえいれば、社会に出てさらに深めることもできますし、他の研究者とチームを組むときにも「会話ができる」状態になる。それが「Γ型」の良さです。
ACLS では、専門領域について深めていくことと同時に、異なる分野についても良質な知識を学べるような教育プログラムを提供しています。
関嶋:自分の専門領域に加えて、新たな分野の勉強もする。東京工業大学の学生たちの能力と言うことで言えば、その“橋を渡る”ことは難しくないと考えています。必要なのは、異分野も学んでみたい、と思わせるようなきっかけを多く作ることだと考えています。
私の担当する授業では、学生の興味を惹き付けるようなテーマを扱うことで、そのきっかけ作りを行っています。たとえば、分子シミュレーション演習という授業は、世界の最先端で使われているツール(プログラム)を使って行います。さらに創薬に近いテーマも扱っています。確かに、対象としては難しいものです。けれども、学生たちが「興味を持ってがんばれる」ように工夫しています。
プログラム全体としては、いろいろな「横串」を入れる工夫を数多く凝らしています。
異分野の勉強を自分一人で行うのは難しく、それだけでは真の「Γ型」にはなれない…その考え方から、生命科学と情報科学の学生が一緒になって問題解決に取り組むグループワーク形式の演習を数多く取り入れています。
関嶋:私が大学院性だった頃は、研究に関わることは所属する研究室で教育される、というのが一般的でした。この方法は、正しく行われれば現在でも効果的に機能すると考えています。けれども、出口、つまり卒業した大学院性を受け入れる社会の側から見ると、この手法のデメリットもあります。同じ大学院を修了しているのに、研究室ごとに経験していることのバラツキが出てくることがあるためです。
ACLS の教育プログラムは、これらに対応するよう作り上げられています。グループワークなどで異分野の学生と触れることにより、コミュニケーションを加速させる機会にしています。さまざまな感性に触れることで一種の“化学反応”を起こし、閉じられた世界から開かれた世界へ目を向けることができるようになるわけです。
ふだんのグループワーク以外にも、ACLS では英語が公用語の「夏の学校」という機会を設けています。
専門とする分野も、使う言葉もまったく異なる学生たちをバランスしてチームを作り、2012年の例では、i) Medical service/Drug development、ii) Agriculture/ Food pro duction、iii) Environment/Energy issue のいずれかのテーマについてベンチャー企業を立ち上げるというテーマでグループワークをする。
運営についても生命科学と情報科学の学生が一緒に委員会を作ってやっていく。このようにして、お互いの背景を理解し合う環境を数多く提供しています。
関嶋:ACLS のプログラムは、境界領域の教育を行うものです。バイオインフォマティクス分野の教育を行うプログラムは、様々なプロジェクトや大学院教育等で10 年以上に渡って取り組まれてきました。その中で洞察された効果的なこと、こうすればさらに良くなるのではないかというようなさまざまな仕組みを組み込んでいるのがACLS のプログラムです。生命科学の人も情報科学の人も、自分を拡張したり、飛躍させることができるプログラムになっていると思います。
一口にバイオインフォマティクスと言っても、生命科学の側と情報科学の側から見えているものは微妙に異なります。その違いの背景を知り、クロスオーバーできるような仕組みをさらに充実させて行きます。
今年やった授業も来年は改善する、など、ACLS のプログラムをより良いものにするための工夫も重ねています。たとえば、産業界で実際に使われている手法も盛り込みながら、学生の興味を惹くようなテーマを設定していきます。アカデミックにも深く、より熱心に勉強してもらえるような環境を作っていくようにします。さまざまな研究環境も整っているので、若い学生にはACLS のプログラムにチャレンジし、自分を広げることの素晴らしさを知ってほしいと考えています。
※掲載内容は2013年2月のインタビュー時点のものです。