金森:私が専門にしているのは、生物有機化学の分野です。標的を見つけたときに光る「蛍光プローブ」の設計と合成をテーマにした研究を行ってきました。
私自身は、学部から大学院の博士課程まで東京工業大学で学んできました。博士課程の学生時代、研究室で学部生や修士課程の学生とディスカッションをしながら研究を進めていました。その中で、後輩を指導しながら、一緒に学んでいくことの面白さを感じるようになりました。
共に研究に取り組んだ学生が「成長した」と実感できる喜びがある。後輩の成長を通して、自分も成長しよう、とモチベーションが高まる。そんな気づきの機会をお互いに与えあえることに魅力を感じていたのです。
そんな中、博士課程を修了する時にACLSの存在を知りました。生命科学と情報科学という二つの分野を融合して学ぶことの意義、そして教えることの面白さとやりがい、その二つを感じて、ACLSに応募することを決めました。
金森:一般的な大学院では、博士課程の3年間で1つの専門分野を究める学び方をします。問題解決能力を養い、考え方を深く学ぶことが中心です。新しい分野の課題に出会ったときも、身につけた考え方を応用して解決できるようになることを目指します。
ただ、考え方を応用させるには、専門分野以外の領域に接したときの柔軟性が必要になります。また、専門分野だけに限定せず、自分で色々なテーマを見つけていく積極性も大切になってきます。そんな柔軟性と積極性を身につけるには、学生のうちに他分野についても触れられるACLSのプログラムが有効だと考えています。太い一本足である専門分野に加え、もう一方の分野についても芽を育てておく。そうすることによって、新しい分野に出会ったときに柔軟に対応できるようになる。非常に魅力的なプログラムだと思っています。うまく活用することで、参加する学生にとっていい機会になります。
私自身も、融合して学ぶことのメリットを実感しています。専門としている蛍光プローブの設計には情報科学の技術を巧みに用いることが必要です。結果を評価するときにも、評価して動作原理を説明する上でも情報科学の手法(量子化学計算や分子シミュレーションなど)が欠かせなくなっています。情報科学について知識や経験を深めることで、もっと魅力的な化合物を作り出すという応用もできると考えています。自身でも、ACLSのプログラムに参加することでそれを学べています。
金森:ACLSには、生命科学系/情報科学系の両方の教員の方がいらっしゃいます。自身の専門だけでなく、他分野の教員の方と日常的に関わることで、いろいろな恩恵を受けていると感じています。
たとえば、合成生物学が専門の先生とディスカッションすることで新しいテーマの発想が生まれたり、分子シミュレーションを専門にする先生と話すことで新しいアイディアをもらったり……さまざまな気づきがあって、自分の専門知識の幅を広げたり深めることができています。
また、生命科学系と情報科学系の教員では物事に取り組むスタンスが違っていて、新鮮な刺激を受けました。
今は特任教員として、教育に従事していますので、研究だけを行う研究者のキャリアとは異なります。この経験を通して、専門分野の幅や深さが増すことや、関わる分野や人とのネットワークが広がることの意義は非常に大きいと感じています。
金森:ACLSには「コミュニケーション能力の高い学生を、産業界に輩出する」という理念があります。グループ型問題解決演習は、この理念を具体化する特徴的なプログラムの一つです。生命科学系/情報科学系の学生がチームを組み、一つのテーマについて相互に刺激し合いながら演習してゆく、というものです。学生は自分の“軸足”である研究の部分を深めながら、他分野の学生とのコミュニケーションを創出し、醸成していきます。
私が担当したテーマは「進化工学的手法を用いたRNAアプタマー創製実習」です。このテーマは次世代の創薬手法として注目されている核酸医薬に関連するもので、特定の物質に結合するRNAアプタマーを取得する演習を行ないました。
演習は、連続した約1週間の期間で行いました。生命科学系が2名+情報科学系が1名の3人の学生でひとつのチームを作り、複数のチームが同時に実験と解析を行います。RNAアプタマーの選別、という演習の中心部分は、ほぼ生物系の実験です。ランダムな配列を持つ多様なRNAを目標の物質と混ぜ、特異的に結合したものだけを取り出します。一度の実験では余計なものも結合してしまうので、このサイクルを何度も繰り返して最終的なRNAアプタマーを探し出していきます。今回の演習では、ここに情報科学系の手法も組み入れました。実験で使う目的物の量子化学計算をして、物性を予測する、というものです。
学生の取り組む姿から、演習によって一定の成果を得られたと感じています。まず、演習のテーマを最先端に近いトピックにしたことで、「生命科学系の学生にとっても初めて」な経験で新鮮な気持ちで取り組んでもらえたのではないかと思っています。相互コミュニケーション、ということに関しても、情報科学系の学生には「ウェットの実験はいかなるものか」を学ぶ機会になりました。生命科学系の学生には「ふだんあたりまえのようにやっていることを、情報系の学生に教えながら進めることで知識の再確認ができる」という効果がありました。また、生命科学系の学生にとっては実験で行っていることをコンピュータで予測するとどうなるか、ということを知る機会になりました。学生相互が協力しつつ、最先端に近いテーマを学べる、よい機会になったのではないかと思っています。
金森:特任教員とコーディネーターが全学生を分担して担当し、一人一人をきめ細かくサポートしていこう、というものです。背景には、情報生命博士教育院の理念を具体化できているか検証する、という狙いがありました。情報科学と生命科学を融合して学ぶ。それ自体は有意義です。けれども、既存の教育プログラムとは大きく異なる、新しいものを作り上げる試みでもあります。その試みが本当にうまくいっているのか、それを確認する必要がありました。学生からの声を聞き、それを吸い上げてACLSのプログラムをよりよいものにする。そんな制度です。
第一回目は2013年10月に、面談期間を設けて全学生からの声を聞きました。私も7名の学生を担当して、話を聞いています。単位履修、課外活動への参加、論文などの状況を記載したチェックシートに基づいて話をしました。現在は面談した内容をもとに評価を行っている段階です。ACLSの趣旨「産業界で活躍するグローバルリーダーを育成する」という目標に、どのくらい到達できているのかを評価していきます。
今回の面談では、学生からは非常にポジティブな声を頂きました。プログラムに対する評価は高く、ACLSの教育課程を設計した先生方の先見の明の高さが実証されている形ですね。専門以外の分野を学ぶことで主軸が短くなるという側面もあります。けれども、学生達の「新鮮で、新たな刺激を受けました」という意欲的な声から、新たな試みとして効果的に機能していると感じましたし、軸足が短くなった(=専門分野に割く時間が減った)分は、今後大いに伸ばしていけるという力強さを感じました。また、新たに作った芽(=異分野の知識)や、ガンマの横棒の部分は大きなアドバンテージになっているようです。
今後も、半年に一度、面談・評価の機会を設けていきます。運用しながら、よりよい制度にしていけるよう、ACLSスタッフ一同、努力していきたいと考えています。
※掲載内容は2014年2月のインタビュー時点のものです。