[ACLS在籍時]
緒方:私は、バイオインフォマティクス(生命情報学)の研究を続けてきました。日本で博士の学位をとってからフランスに渡り、1999年から13年半をCNRS(注1)で研究員として過ごしてきました。主な研究テーマは微生物ゲノムの解析です。
いろいろな考えから、日本に戻って仕事をしたいと思うようになりました。フランスでは研究員として過ごしていたこともあり「日本では学生の教育に関わるような仕事がしたい」と思いました。自分が学んできたことを、学生に伝えるような人になりたい、と。そんなときに、かつての恩師である秋山先生(ACLSの教育院長、秋山泰教授)が、ACLSのスタッフを募集していることを知りました。ACLSでは、自身の研究も続けながら、学生の教育に携われる。これはやりがいのある仕事だと思い、応募したのがきっかけです。
でも、正直なところ、最初はACLSのプログラムを詳しく理解していたわけではなく、特別に大きな魅力を感じていたわけでもありませんでした(笑)。着任前に話を聞いたとき、言葉は悪いけれどバーチャルでルースな形の組織かなとの印象を受けたからです。けれども、実際にACLSに来てみると、印象はだいぶ変わりました。このリーディングプログラムならではの魅力を引き出せるような、とても緻密な計画がなされていたからです。2012年11月に特任准教授として参加してからは、自分もACLSの良さを引き出していこうと思って活動しました。
注1:CNRS(Centre national de la recherche scientifique:フランス国立科学研究センター)は、フランス各地に設置されている基礎研究機関。フランスでは最大の研究センターであり、約3万人のスタッフが勤務する。
[インタビュー中のライブ映像]
緒方:まず、全体に関して言えるのは「非常にうまく行われている」ということです。先ほど申し上げたとおり、ACLSではカリキュラムが緻密に組まれています。また、学生にとって有意義なイベントもたくさん計画されています。さらに、実行する教員も学生もやる気のある充実した集団になっていて、目的意識を失わないで進んでいる。みんなで協力して一つの方向に進んでいこうという意思を強く感じました。
カリキュラムについていうと、学べることの豊富さ/幅広さがACLSの良さだと感じました。私の専門であるバイオインフォマティクスに関連してお話しすると、この分野の研究が盛んに行われるようになったのは1990年代です。当時はヒトゲノムの解析を中心に、それに関連したゲノム解析が研究の中心テーマでした。ある意味で、対象を絞り込んだ研究を行っていたわけです。けれども現在では、だいぶ状況が異なります。ヒトゲノムの解析も、一人を対象とするのではなく何人ものゲノムを解析するようになりました。今のバイオインフォマティクスでは、扱うデータの規模も質も大きく変わったのです。そうなると、データマイニング、画像処理など解析手法もだいぶ変わってきています。ACLSは、変化している現状をよく反映しているカリキュラムになっているのが特徴です。視野を広げられるよう、多様な分野を学ぶことができる。以前のように狭い意味でのバイオインフォマティクスではなく、本当の意味での「生命科学と情報科学の接点」のいろいろな分野を見て、学べる場所です。
その他にも、異分野の人と協力しながら問題を解決していく機会-グループ型問題解決演習など-や、グローバルコミュニケーションの力を養うプログラム-異文化コミュニケーション科目など-もあり、大学院で学ぶ学生が今後必要とされる能力を養える場だと思いました。
緒方:もちろん、研究者の中には、コミュニケーション能力が高くなくてもやっていける人もいると思います。けれども、それは一部です。いまの大学院に求められているのは、「社会のいろいろな場面で役立つ人」を育てることです。起業するにしても、産業界で働くにしても、社会ではコミュニケーションが必要になっています。ACLS では、そのための能力を、実践の場で養っていけるようなプログラムを提供しています。
私自身も、海外での経験からコミュニケーション能力の重要性を伝えるようにしてきました。一人ではなく、いろいろな人と研究することによって大きな研究ができました。「グループで問題を解決する」というのが、どういうことなのか。その時に大切なのは上手に人と接し、ネットワークを作り上げること。そんなことが実感としてわかっていたからです。
コミュニケーション能力は、人によって差があります。けれども、経験によって上達していく部分もあります。グループで問題を解決するときは、他の人と協調しつつタイミング良く自分の意見も言うことが必要です。和を保ちながらも方向性を見失わないようにしなくてはならないわけです。ACLSの「グループ型問題解決演習」は、まさにそんな経験を積める場であると考えています。
もちろん、グループになれば問題が解決するわけではありません。逆に、多くの場合、問題を解決するときは一人です。けれども、問題を共有していろいろな視点から考えることは重要です。自分の固有の能力を高め、グループの一員として他の人にない力を持つ。その上でグループに参加して大きな成果を挙げる。そんな力を養えると思っています。
[FD研修集合写真左から3番目]
[夏の学校2013にて]
緒方:私が担当したのは第2回・夏の学校でした(注2)。このイベントは「学生が自分で企画・実行することを通じて、役立つ力を実践的に養う」ことが前提です。同じようなこと-会議やイベントを主催する-という場面は、将来きっとあります。学生のうちに体験しておくことで、どういう手はずを踏むべきかがわかる、という考え方です。
そのため、当初から"学生主体"という方針を持って臨みました。できる限り、学生が自分たちで決めていく、実行するというやり方です。実行委員会の場を通じて、グループコミュニケーション能力を養える、というメリットもありました。
もちろん、現実的にやろうと思うと、なかなか難しいところはありました。毎週行っていたミーティングがなかなか進まなかったりして、心配になったりすることも。けれども、教員側はそこで強く言わずにアドバイスをする程度で留めておくことで、実行委員会に参加した学生は大きなものを得たと考えています。
海外で開催するのは初めてだったので(第1回は神奈川県・湘南国際村センターで実施)、実務上の難しさはありました。会場はどうなっているか、必要なものは用意できているか、移動時間は十分か……など、実行委員は開催直前まで現地とメールでやりとりしつつ準備しました。小さな失敗はともかく、全体としては参加者全員が満足できるようなハイクオリティなものにしたかったからです。
進め方、実務上の難しさはあったにせよ、参加した学生からは「良かった」という意見がたくさんありました。海外に行く、そこで英語で発表や交流をする、という機会を持つことの良さを活かせたイベントになったと思っています。
注2:第2回・夏の学校:2013年9月9日〜13日に、イギリス・Imperial College Londonで開催された。グループワークセッション、ポスターセッションなどを通じ、異文化/異分野の方との交流をはかることが目的。ACLSからの参加者に加え、海外学生や招聘講演者など80名を超える参加者があった。
[京都大学にて]
緒方:ACLSで教えていることは「Γ型人間」になるために必要不可欠なスキルだと考えています。グローバル−ここでは、いろいろな場所に行き、人と協調して大きなことを成し遂げる、という意味ですが−な人間になるためには、まず自分の専門について力を磨いた上で、さまざまな人とのコミュニケーションができる能力を身につけていく必要があります。ACLSで学べるのは「Γ」の横棒を触手のように多方面に伸ばしていけるようにする技術なんですよね、学問と言うよりは。私は、学問の分野を複数知っていること自体はそれほど重要だと思いません。一つの分野を深く知ったうえで、相手の言っていることをお互いに理解し、共通の目標を設定できればよい、と考えています。その経験、方法を学べるのがACLSです。広い視野を持ちたい人には、ぜひ来てほしいと思います。
いまは、科学技術が進んで、大量で多様なデータからサイエンスをすることが非常に多くなってきています。生物学を目指す人も、医学の人も、情報処理の技術を世の中に役立てたい人でも、この生物と情報の境界領域は多彩な分野が拓けているので、そういったものをぜひACLSで味わってほしい、と思います。
ACLSでは、プログラムが緻密に組まれているし、いろいろな先生方ととても近い距離で接することができます。英語教育、グループ型問題解決演習など、やって損なことは絶対にないと思うので、機会があったら参加を考えてみたら良いと思います。
※掲載内容は2015年1月のインタビュー時点のものです。